■執筆者/専門家
茨城県介護福祉士会副会長 特別養護老人ホームもくせい施設長 いばらき中央福祉専門学校学校長代行 NPO法人 ちいきの学校 理事 介護労働安定センター茨城支部 介護人材育成コンサルタント 介護福祉士 社会福祉士 介護支援専門員 MBA(経営学修士)
前回までの振り返り
導入編は、下部のあわせて読みたい記事より閲覧可能です。 ■第1回「導入編」
つまり生産性向上の入口は、「今がベストなのか?」「他に効率的な方法はないのか?」という現状を疑う思考=クリティカルシンキングが大切ということでしたね。人は基本的に現状維持バイアスという現状を維持したいという感情があります。もちろん変えることはエネルギーがいることですが、世の中は、諸行無常、テクノロジーは進化し、人口減少も着実に進みます。
7月12日、厚生労働省は、2040年に介護職員が約272万人必要となる推計を公表しました。2022年度の職員数は約215万人で、今後18年で約57万人増やさなければならないという試算とのことです。「今でさえ人手不足なのに57万人なんて増やせるわけない!」と読者の皆さんは思われるでしょう。しかし、これもクリティカルシンキングで考えると違った見方ができます。
「本当に57万人は多い数字なのか?」と。2021年の前回推計では、2040年度は約280万人必要となる見通しだったそうです。実は、280万人-272万人=8万人必要数が減少したのです。
もちろん、人手不足に変わりありませんが、必要数が減少した事実は押さえておきたいですね。※
要因は、介護予防が進んだことによりサービスを求める人が減ったのではとの担当者説明ですが、私たちの意識、努力次第では、人手不足を指をくわえて見ているだけでなく改善させることができるという成功事例なのではないでしょうか。
※ 出典:厚生労働省 第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について
実践編は、下部のあわせて読みたい記事より閲覧可能です。 ■第2回「実践編」
生産性向上とは平たく言えば、オペレーションの「ムリ・ムラ・ムダ」を洗い出して効率化を図り、その結果生み出された時間をご利用者様へのサービスへ転嫁する=サービスの質向上ということです。しかし、この取り組みは1人でやっても意味がありません。組織、チーム全体で取り組むことが大切です。
そのためには「なぜ取り組むか」の目的などを組織、チームで共有することが重要です。そして、オペレーションのどこに「ムリ・ムラ・ムダ」が潜んでいるのか現状を疑い課題として見える化し、対策を立案して実行するというお話でした。
「ムリ・ムダ・ムラ」を発見するために有効な手段として10分単位のオペレーション分解表を紹介しましたが、こんなのできないという声もあるでしょう。そこで今回はリアルな実践事例を共有いたします。
第3回「実践事例編」~「眠りスキャン」を活用した生産性向上の取り組み~
■2021年春:「眠りスキャン」を導入したい施設長
A施設長は職員たちに声高らかに職員会議で発表しました。
A施設長の考えとしては、
「眠りスキャンを全床導入している施設はまだないはず…、経営戦略としても、職員の負担軽減としても効果が得られるだろう。」
という期待がありました。
しかし、現場は施設長の思いと裏腹に「機械なんて信用できない…」と冷め切っていました。
このときの現場は、新しいICTツールを取り入れる土壌ができていない状態でした。しかし、施設長の思いが先行し、眠りスキャンは一方的に現場に納品されていきました。
—【解説】施設長の独断だけで始める生産性向上はNG!
施設長さんの独断で良かれと思って導入を進めても現場は必要性を感じていない、またはICT機器をそもそも信用していない。
結果、今までの業務範囲において利用する人は利用しますが、関心のない職員は使用しないのでせっかくのICT機器が置物と化してしまいます。
■2022年春:導入後の活用を職員に確認すると…
A施設長
A施設長
—【解説】思いのすれ違いだけで時間が経過してしまうと、せっかくの機器ももったいない!
■2022年夏:職員に方向性の共有を行い、目線合わせをする
A施設長
皆さんは前日眠れなかったとき、日中のパフォーマンスはどうなりますか?体がだるいとか、食欲がないとか何かしらの不調が起きてくるのではないでしょうか?また、皆さんが部屋で寝ているとき、2時間おきに部屋に人が入ってこられたら熟眠できますか?できませんよね。」
要観察者でない限りは、モニターで心拍、呼吸を見ることで眠りを妨げずにケアができます。
離床センサーとしてだけではなく、睡眠時の呼吸、心拍数の可視化機能も活用し、ご利用者様に質の高い眠りを提供できる施設を目指しましょう。
まずは皆さんでご利用者様の睡眠データを見ることからはじめませんか?」
—【解説】利用者のための取り組みであるということをしっかり伝えていくことが大切
これは、A施設長が以前、介護リフトを導入した際に、目的を「職員の腰を守るため」と伝え、失敗した苦い経験が生かされているようです。
もちろん、職員は大切です。しかし、職員はご利用者様のために働いている意識が高いのでその気持ちを汲んだ目的に設定し、組織を一枚岩にする戦略だったんですね。
■2022年秋:目的が共有できたことで、施設内に動きが!
今度、その施設に見学へ行こうと思っているのですが、施設長も一緒に行きませんか?」
A施設長
—【解説】スモールステップで目の前の課題から少しずつ考えることが大切
また、施設長や看護課長も他施設見学に同行することで組織全体で取り組んでいるという意識も芽生えてきたようです。そして、施設見学を通して今まで自分たちがやってきたやり方以外の方法もあることを学び「前提を疑う」ことの大切さにも気がつきました。
■2023年春:さらに一体感を高めるために、組織の課題を見える化してみた
今年度は、プロジェクトチームを結成し、厚生労働省が公表している生産性向上ガイドラインを教科書にして更に活用を加速化しようと思うのだけど、どう思う?」
まず、組織の課題を見える化してはどうですか?
私、ブレインストーミング(問題解決やアイディア創出を目的とした集団発想法)という方法を教わってきたんです。」
A施設長
また、面談も有効かもしれない。次のステージに一歩踏み込む前にみんなの気持ちを引き出しておこう。」
—【解説】うまくいっていると感じていても、現状の把握は大事
これも「本当にうまくいっているのか?みんなは本当はどう思って取り組んでいるのか?」=前提を疑う「クリティカルシンキング」ですね。
主任は、自分の意見を言い出せない職員がいることに気づいていました。あえてマイナスの意見もみんなで出し合いカテゴリー別に見える化しようとしたんですね。
これは勇気がいることですが、重要なことです。
—【例】ブレインストーミング
■2023年秋:働きがいのためにも定量化をしていきたい
でも、実際そうなんだと受け止めたときに、生産性向上のプロジェクトチームの人選や役割分担、メンタルヘルスの研修をすすめるなど対策をとることができたと思う。その後の取り組みはどうかな?」
でも、話を聞いたうえで、やりがいというテーマについて考えたとき、私たちの仕事の成果はありがとうの声や笑顔に偏りがちではないかとも感じるようになりました。何か成果がわかる方法はないでしょうか?」
A施設長
—【解説】介護現場での定量化は難しい
身近であれば、「ダイエットをして体重が3kg減った」「マラソンのタイムが5時間を切った」「1万歩歩いた」などのように全て数字が絡んでいませんか?
そして、基準となる数値と比較して良くなった悪くなったと判断し、そこに嬉しかった、ガッカリしたという感情が伴っていませんか?介護現場での「ありがとう」「笑顔」はもちろんやりがいに繋がりますが数値化=定量化しにくいですよね。
では、介護現場においては何が定量化できるでしょうか?
■2024年春:業務にかかる時間を可視化することは、介護現場でできる定量化
でも、たとえば1人のデータだけを取得した場合、その職員が力のある人だと偏ったデータになってしまいます。だから、せめて最低3人に入力してもらわないとその業務にかかっている時間の平均値がわからないのです。
また、3人がどの時間に何の業務をどのくらいの時間をかけて実施しているか見える化することで業務のムラ=バラツキがわかる。これを平準化していくことも業務効率化につながるよね。」
むしろやらなければ業務効率化は図れないと理解している職員も出てきているようですね。昨年のアンケートや面談が効いていると思います。
今回、こんなデータがでてきましたよ。改めて、眠りスキャンを活用することで巡視が必要ないご利用者様を明確にすることができ、巡視時間を50分から26分に減らすことができました。
また、排泄介助の時間数は20分程度減らせる余地があるかもしれませんね。」
—【解説】業務効率化のための定量化=業務の時間を可視化してみること
業務効率化を図るためには、今まで〇分かかっていた業務において、どのようなムリ・ムダ・ムラがあるのか、どのような対策をとることでどれくらいの時間を減らせるのか?という思考が必要です。
そのためにはまず、どの業務にどのくらいの時間がかかってるのか計測する必要があります。しかし、この作業が大変と諦めてしまう事業所さんも多いはずです。しかし、将来的に自分たちの仕事の効率化が図れることや、そのできた時間をご利用者様のために使えると考えれば、一歩前進できると思います。
最後に:はじめての生産性向上は失敗からのスタートになることもある
実は、施設長のモデルは私で、このストーリーはわかりやすく多少脚色してはいますが、ほぼドキュメンタリーです。まさに失敗からのスタートでした。
現在、私たちは排泄介助にかかっている約90分を70分に減らせないか?と動いているところです。
そのためにはオムツの適正化、眠りスキャンを活用した覚醒時のピンポイント介助、排泄介助に時間がかかっている職員の技術指導などが対策として考えられます。
今後の課題として、20分の業務時間削減はどのようにサービスの質向上につながるか?また、夜間帯の部分的取り組みから日中に取り組みをどう拡大していくか?試行錯誤の物語は続きます。
この失敗事例がみなさんのお役に立てたら幸いです。
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