■監修者/専門家
介護福祉士 社会福祉士 介護支援専門員 公益社団法人日本介護福祉士会 理事 公益社団法人東京都介護福祉士会 副会長 社会福祉法人 三育ライフ 杉並エリアマネジャー 杉並区立重症心身障害児通所施設わかば 園長
そこで今回は、介護現場で起こりやすい事故の事例やリスクマネジメントの実践方法、事故が起こった場合の対応方法を解説します。
介護におけるリスクマネジメントとは
介護現場では、どんなに気をつけても事故を100%防ぐことは難しいため、万一事故が発生した際の対応方法も知っておく必要があります。
介護現場でリスクマネジメントが必要な理由
2.訴訟のリスクを下げるため
3.職員の心身を守るため
■1.利用者の安全を守るため
高齢になると、身体機能の衰えとともに骨密度も低下し、骨折しやすくなります。利用者が転倒や転落をすると、骨折がきっかけで寝たきりになってしまうことも少なくありません。できるだけ長く健康を保って穏やかに過ごしてもらうために、介護現場では、事故のリスクを最小限にして利用者の安全を守る必要があります。
■2.訴訟のリスクを下げるため
■3.職員の心身を守るため
介護器具の故障を放置している、移動介助の際の通り道に家具が置かれているなど、施設・事業所の設備に不備や問題がある場合、職員個人がどんなに気をつけていても事故が起こるリスクは高くなります。リスクマネジメントの一環として施設・事業所全体で設備の安全性や管理体制を見直すことは、職員が働きやすい環境の整備にもつながります。
介護事故・ヒヤリハットの事例
なお、ヒヤリハットとは、重大な事故や災害には至らなかったものの、そうなりかねなかった状況のことです。仕事中の思いがけない出来事や事故につながりかねないミスに、「ヒヤリ」「ハッ」とすることから、ヒヤリハットと呼ばれています。
■1.転倒事故
■送迎時に利用者が車のステップを踏み外し、転倒した
■タンスの引き出しを引き抜いた勢いで転倒した
■歩行機能が低下している利用者が一人でトイレに行こうとして、転倒しそうになった
■利用者が車椅子のブレーキをかけずに立ち上がり、転倒しそうになった
■2.転落事故
■ベッドから車椅子への移乗介助の際、介護職がバランスを崩し、利用者が転倒した
■夜間に利用者がベッドから転落しているのを、介護職が見回り時に発見した
■おむつ交換の際に、介護職がベッド柵をつけ忘れた(利用者が転落するリスクがあった)
■利用者がイスに座った状態で靴下を履こうとした際に、転落しそうになった
■3.誤飲・誤嚥事故
特に認知症の人は誤飲しやすく、飲み込むものによっては重大な事故につながる場合もあります。
誤嚥(ごえん)とは、唾液や飲食物が食道ではなく気管に入ってしまうことです。
高齢になると、嚥下機能(飲み込む働き)が低下するため、誤嚥しやすくなります。誤嚥によってむせこむと窒息の危険があるほか、気管に異物が入ったことが原因で肺炎を起こすこともあります。
■朝食の食事介助中に、味噌汁を飲んだ利用者が誤嚥した
■家族との面会中、嚥下機能の低下を理解していない家族がお菓子を食べさせた結果、窒息した
■利用者が自分でパンを食べていたところ、食べるスピードが早く、むせてしまった
■利用者がレクリエーションで使った道具を口に入れているのを、終了後に介護職が発見した
■4.誤薬事故
■介護職の確認不足で、利用者が薬を飲み忘れていることに気づかなかった
■食後に利用者が薬の一部を飲み残していることに介護職が気づき、その場で声かけして服用してもらった
介護現場におけるリスクマネジメントの実践方法
1.事例を収集する
2.事例を分析する
3.対策を考える
4.職員の間で共有する
■1.事例を収集する
まずは職員へのヒアリングを実施して、これまでに施設・事業所内で起こったことがある介護事故やヒヤリハットの事例を集めます。さらに、国や自治体などが公表している報告書も確認して、幅広い事例を収集しましょう。
リスクマネジメントについて考えるときに参考になるのが、アメリカの損害保険会社の安全技師が唱えた「ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」です。その内容は、「1件の大きな事故が発生した場合、その背景には29件の小さな事故と300件のヒヤリハットが存在する」というもので、ヒヤリハットに注目して事故が発生する前に対策を打つことの重要性を伝えています。
300件という数自体にこだわる必要はありませんが、リスクマネジメントにおいては、できる限り多くのヒヤリハットの事例を集めることが大切です。
また、事故やヒヤリハットが起こったときに職員が報告書を作成する仕組みを整えておくと、自然に事例を収集することができます。事故に至らなかったヒヤリとした場面は、事故を防げた安心感から記録に残らないことがあります。事故を未然に防ぐためには報告が欠かせないことを施設・事業所全体に周知して、職員が報告しやすい雰囲気を作ることも必要でしょう。
■2.事例を分析する
■設備的要因:建物や設備の不具合に関する要因
■作業環境的要因:作業に必要な情報の不足、不適切な介護方法など、作業環境に関する要因
■管理的要因:マニュアルの不備、教育の不足、上司による監督・指導の不足など、管理に関する要因
■3.対策を考える
要因:イスが利用者の身長に合っていなかった、つかまるところがなかった
対策:利用者が立ち上がりやすい高さのイスに交換する、肘つき椅子を用意する
要因:液体洗剤のボトルが飲み物の容器に見えた、液体洗剤のボトルが利用者の手が届く場所にあった
対策:「洗剤」と書いたラベルを貼り、フタをロックできるボトルに変更する、液体洗剤のボトルを利用者の手の届かない場所に置く
■4.職員の間で共有する
定期的に職員を対象にしたリスクマネジメント研修を実施することも必要です。
介護施設・事業所が適切にリスクマネジメントを実施するためには、体制づくりも欠かせません。2021年4月の介護保険法改正では、介護保険施設における事故防止委員会の設置などが義務化されています。安全管理委員会は、事例の収集から分析、対策の策定、マニュアル作成を行うとともに、定期的に対策やマニュアルの内容が適切かどうかを見直し、改善する役割を担います。
介護事故が起きた場合の対応方法
事故が起きた場合の対応方法についても確認しておきましょう。
■応急処置をする
転倒・転落事故の場合は、まず利用者の意識があるか、ケガをしていないかを確認し、ほかの介護職や医療職、管理者に応援を求めます。ケガをしている場合は、医療職の意見を聞きながら患部を冷やす、テープや包帯で固定するといった応急措置を行います。腫れや変形が見られる場合は骨折のおそれがあるので、医療機関を受診する必要があります。
誤飲・誤嚥事故の場合は、まずは何を誤飲・誤嚥したかを確認します。医療職を呼んで判断を仰ぎながら、背中をさすって咳をするように促す、喉に詰まったものを取り出すといった措置をします。誤薬事故の場合は、自己判断で対処せず、かかりつけ医に相談するか医療機関を受診しましょう。
なお、事故の種類にかかわらず、呼吸困難や大量出血などが見られ、一刻を争う場合は、救急車を呼ぶ必要があります。緊急対応時、冷静に適切な対応ができるよう、事前に介護事故発生時の対応フローを示しておくことも大切です。
訪問介護の現場において一人で業務にあたっているときに事故が起こった場合は、管理者に電話で報告して指示を仰ぎましょう。
■家族に報告する
事故が起こったときの状況や原因、利用者の状態について、できるだけ詳しく説明しましょう。
家族への報告が遅くなったり、説明が不十分だったりすると、家族から不信感を持たれてしまい、苦情につながることもあります。
■関係機関に連絡する
死亡事故の場合、事故の状況や時間の経過によっては、市町村への報告のほか、警察への連絡が必要な場合もあります。
■事故の原因を調査する
介護事故の要因には、施設・事業所の設備や環境、職員への教育体制なども関係しているため、決して事故を起こした職員だけの責任とはいえません。施設・事業所全体の問題として原因調査と対策に取り組みましょう。
最後に:健全な組織運営にリスクマネジメントは不可欠
職場でリスクマネジメントを十分に機能させるには、施設・事業所が体制を整えなければなりません。
もちろん、現場の職員一人ひとりがその必要性を理解し、対策をきちんと実践することも大切です。転職活動では、その施設・事業所のサービスの質や職場環境を見極めるポイントの一つとして、リスクマネジメント体制についてもチェックしてみるとよいでしょう。
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