なぜ改定されたのかの背景を理解してみましょう
■執筆者/専門家
介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員 ▶経歴:茨城県介護福祉士会副会長/ 特別養護老人ホームもくせい施設長/ いばらき中央福祉専門学校学校長代行/ NPO法人 ちいきの学校 理事/ 介護労働安定センター茨城支部 介護人材育成コンサルタント ▶プロフィール/ 介護福祉士として8年の現場を経験後、33歳で特別養護老人ホームの施設長に就任。現在まで、4カ所の特養の施設長を経験。また、介護福祉士養成校の経営に携わる観点から福祉人材の確保定着をライフワークと位置づけ「茨城から福祉で世界を元気にするプロジェクト(いばふく)」を法人の垣根を超えて横展開している。 令和元年にNPO法人ちいきの学校を設立。元気なシニアが中心となって多世代が笑顔で暮らす新しいちいきをつくることにもチャレンジしている。
介護事業所を運営している皆さんは、2024年度介護報酬改定の理解は進んでいますか?
「法律は苦手だからよく見ていない」「私たちにはあんまり関係ない」なんて最初から目を瞑っている介護職の方も多いのではないでしょうか?
介護報酬の改定をきちんと理解し、介護業界に従事する皆さん、一人一人の行動や意識が変わることが業界の未来に繋がります。
では、苦手な方にも分かりやすいように、M介護事業所のA施設長の立場で、「2024年度介護報酬改定の全体像」を紐解いていきましょう。
■M介護事業所(A施設長)の事例で解説します
M介護事業所は、介護職員15名、生活相談員1名、栄養士2名、事務職2名、施設長1名(A氏)で小規模ながらも地域に密着した運営をしている評判の良い事業所です。
施設長も熱心で現場を大切にすることから職員より評価を得ていました。
けれど、処遇改善加算に関しては、あくまでも法改正のごく一部にすぎない。法改正の全体像の理解も必要だよな。ミーティングで説明するといってもただ法令を読み上げるだけでは、スタッフ達の頭に入っていかないだろう。どうしたらいいのだろうか…
そうだ!変わったことだけではなく「なぜ変わったのか?」というその背景や意図を捉えてもらえれば、理解も深まり、その後の取り組みもしやすくなるのでは…?!介護業界のPEST分析をしてみよう。
■介護業界のPEST分析で、改定の背景を理解しよう
M介護事業所では、新年度1回目のミーティングで「なぜ、どのようなことを背景として介護報酬が改定されたのか?」をスタッフが理解できるよう、PEST分析を行いました。
PEST分析で業界を理解してみると、改定となった項目の背景を理解できるのではないでしょうか。
・社会保障費増大
・介護報酬改定(4月〜)
・診療報酬改定(6月〜)
2.経済(Economy)
・賃金の引き上げ
・物価高騰
・円安/経済成長停滞(GDP4位転落)
3.社会(Society)
・人材不足、人口減少
・能登地震(災害)、高齢者増加
・新興感染症(新型コロナウイルス感染症)
・要介護度中重度者増加(認知症含む)
・高齢者虐待増加
・人権意識の高まり
・ヤングケアラー問題
・多様性社会
4.技術(Technology)
・IT /ICT推進
・Chat GPT(AI)
・デジタルトランスフォーメーション(DX)
・オンライン会議
素晴らしいですね。4つの分野において様々なキーワードが出てきました。
さぁ!これで今回の報酬改定のことは、ほとんどわかったようなものです。
なぜなら、皆さんが出してくれたキーワードの対策として法改正・報酬改定がされているからです。
●自立支援・重度化防止に向けた対応
●良質な介護サービスの効率的な提供に向けた働きやすい職場づくり
●制度の安定性・持続可能性の確保
以上から、介護報酬は、人口構造や社会経済状況を踏まえて法の改正と報酬の改定が実施されたということが明確ですね。逆を言えば、人口構造や社会経済状況をしっかりと理解することが、介護報酬改定を紐解く鍵となるのです。
それでは分野ごとにM介護事業所の皆さんが挙げてくれたキーワードと報酬改定の整合性を見ていきましょう。
M介護事業所の皆さんが挙げたキーワードと報酬改定の整合性
■政治(Politics):社会保障費増大という日本の課題への取り組み強化
そもそも、介護報酬とは、事業者が利用者(要介護者又は要支援者)に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に対して支払われる報酬のことをいいます。これは公定価格と呼ばれ、介護報酬としてサービスの価格が決められています。
介護報酬は、3年に一度改定をしていますが、それは社会経済状況の変化に伴って介護報酬(公定価格)も変化していく必要があるためです。
そしてこの介護報酬改定では、財務省と厚生労働省の方向性のすり合わせが必要になります。
国家予算(歳出)における社会保障費の割合は年々増加しているが(およそ3分の1を占める)一方で、国防に関わる防衛費も増大、その他、公共事業費などなどお金が必要な分野は多々あります。
「要支援は介護保険サービスから切り捨て」「介護保険料を納める年齢を40歳から30歳に引き下げ」などが、今回の改定に向けた論点になったことは、ご存知の方も多く記憶に新しいのではないでしょうか。
これらは、様々な理由から今回は見送られましたが、上記論点を見るに介護報酬改定の議論は「いかに支出を抑える=社会保障費を抑える」、「国民の自己負担を増やせる余地はないか」という観点で議論がされていることは明確ですね。
しかしながら、国民の声を代表する国会議員には医師の代表や介護団体が応援する議員さんもいます。また、様々な介護団体も国に実情を訴え続けています。
その結果、社会保障費を論理的に抑えたい財務省に対して、介護業界の実情を鑑みながら社会保障費を抑える対策案の集大成として厚労省がまとめたのが今回の法改正のメニューなんです。また、介護事業者がその対策案をがんばって取り組めば、報酬が上がる形(加算)となっています。
加算の対象になる取り組みは、日本の少子高齢化を支えるために努力する必要のあるものと言えます。
逆を言えば、法改正を理解して加算メニューに取り組まなければ減収となり、事業が成り立たなくなる仕組みということです。
厳しいですが、社会保障費増大という日本の大きな課題に対して取り組み、社会保障を継続可能とできるよう事業者としても職員としても努力する必要があるでしょう。
■経済(Economy):賃上げと物価高騰への対応
これに対し、今回の介護報酬改定では「介護職員処遇改善支援補助金」と6月から施行の「介護職員等処遇改善加算」により介護職員の賃上げ2.5%を実施します。
企業の賃上げ率には遠く及ばないものの、介護職員等の賃上げへの取り組みは強化されました。さらに令和7年度に2.0%を上乗せする計画のようなので動向を注目していきましょう。
最近では価格は上げずに内容量を減らす「ステルス値上げ」という言葉も生まれましたね。
可能な業界では物価高騰に対する対応を行うことができますが、介護業界ではそのようなことはできません。これについてはシンプルに介護報酬を上げてもらうしか対応が難しいといえます。
そこで今回の介護報酬改定率に注目しましょう。
介護報酬は全体で1.59%のプラス改定(国費432億円)となっています。
しかしながら、その内訳は介護職員の処遇改善分+0.98%、基本報酬等+0.61%であり、大部分は介護職員の処遇改善に充てられていることがわかります。
介護事業所の水道光熱費も増加しています。その中で8月から施設サービスの居住費が60円/日アップする措置はあるものの経営の立場からすると厳しい状況は続くことが予想されます。
介護職員の高齢化や人手不足が顕著であることなど、たくさんの経営課題がある訪問介護の基本報酬がなぜ下げられたのか?という部分も解説をしておきましょう。
結論から言いますと、訪問介護事業所全体の利益率を調査すると約7%(特養は約2%)と高かったため基本報酬が減額になってしまいました。
実はこれには、都市部と地方の移動時間の差によって、高利益で都市部の事業所が経営を行えていたことが影響しています。
人口密集度が高い都市部では、自宅から自宅の移動距離が短いため、効率よくサービス提供できますが、地方では移動距離が長く移動に時間が取られます。その分サービス提供時間が減るということですがら、利益率に差が出てしまいます。
さらには、サービス付高齢者向け住宅など同一建物に対し、集中的な訪問介護を行う事業所もさらに減算となりました。これらは「報酬の適正化」というメニューとなっていますが、地方における訪問介護事業所の存続については厳しい改定となったと言えます。
基本報酬が下がったサービスにおいてはより一層加算を算定していく取り組みが必要になるでしょう。
■社会(Society)技術(Techogy):人口減少に立ち向かう介護ロボットとICT
「人材不足、人口減少」について、厚労省は2035年における介護人材不足推計を68万人としています。2024年現在は、生産年齢人口(働く人)の踊り場と言われています。
つまり、現在の日本の人口層で2番目に多い団塊ジュニア世代(50歳程度)があと、10年経てば60歳となり、さらに若い層の人口も減ってしまいます。そのため、これから日本の生産年齢人口はジェットコースターのように一気に下降していきます。
今でさえ人がいないと大騒ぎの介護業界です。これからどうするのか?
この課題に対しては「技術(Technology)」の活用が必要であることが明確です。
介護ロボットとICT等のテクノロジー活用については新加算「生産性向上推進加算」が新設されました。
「今まで、この人員体制でこの業務をやっていたから、そこに何人必要です。」という議論は、これからは未来を紡いでいくために視点を変えて議論する必要がでてくるでしょう。
本当にこの業務を行わなければならないのか?
この業務は人でなく介護ロボットやICTを活用した方が効率的では?
また、この業務は専門職でなく介護助手(シニアなど)が活躍できる業務では?と
このような視点をこれからは考えなければなりません。
そのため、実際に介護ロボット等を導入し、常に業務の生産性向上を議論する委員会等を開催している等が要件で算定できる新加算が誕生したのです。
また、LIFE(介護ビックデータ)を活用した科学的介護の推進について、主に省力化を目的として加算が見直されるとともに、特養の宿直者の未配置や併設事業所の職員配置基準の緩和なども人材不足対策の新メニューとなっています。
その他の社会状況を鑑みた改定項目を確認してみましょう
2024年1月の能登地震や今後も起こりうる災害に備えよう
■新興感染症対策として医療機関との連携義務化
■要介護度中重度者増加(認知症含む)対策として、リハビリや看取りについての医療介護連携推進
■介護職員による高齢者虐待件数増加による高齢者虐待防止措置未実施減算
(委員会や研修の定期開催等)
■居宅介護支援事業所によるヤングケアラーなどの多様な支援を促進する特定事業所加算の増額
■外国人介護人材の人員基準見直し(就労直後からの人員配置基準参入可能)
出典:厚生労働省:介護報酬について
出典:日本労働組合総連合会2024 春季生活闘争 第1回回答集計結果について
さいごに 法改正を理解し質の高いサービスを提供しよう
皆さんが挙げた 政治、経済、社会、テクノロジー分野において注目すべきキーワードに対して、介護報酬の改定が実施されていることに気が付きましたでしょうか?
今回は、法改正の全体像を皆さんで、共有するためにその背景をしっかり押さえる点に時間をかけましたが、改正点だけ伝えるより頭に入ってきたのではないでしょうか?
また、今年(2024年)は地域包括ケアシステムの推進が提唱されて21年目となります。
地域包括ケアシステムとは、「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」仕組みのことを言いますが、実は2025年までにこのシステムが完成していることを日本は目指していました。
2025年は来年です。
今回の法改正は、地域包括ケアシステムの集大成としても節目となる大事な改正になったと言えるでしょう。
というわけで、2024年度は法改正をしっかり理解し行動を変えて、職員の皆さんと更により良いサービスを提供できるよう頑張っていきたいですね。
今年度もどうぞ、よろしくお願いいたします!
冒頭にお伝えした通り、報酬改定や法改正については苦手意識が強いスタッフも多いと思っています。 苦手な方はまず、「どのように変わったか?」を知る前に「なぜ変わったか?」を理解する意識を持ちましょう。
その手段として、このようにPEST分析を活用してみることもお勧めします。
法改正を理解できれば、勤務している事業所の取り組みの背景を理解できると思います。
取り組みの背景を理解できれば、ひとつひとつの取り組みの意図がわかるため、そこに対してより積極的になれたり、主体性を持ったりすることができるはずです。
理解して行動を変えることが重要ということですね。
職員の皆さんの行動が変わることで、事業所がより良くなり、サービスの質をあげていけるのではないでしょうか。新年度もともにがんばりましょう。
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