本日のお悩み
利用者さんから暴力を受けて主任に相談したら、ケアが間違っていたからだと言われれました。
たしかに私の力不足もあると思います。
でも施設の外なら普通は傷害罪になるようなことでも、私たちが悪いのでしょうか?
いつか大事にならないかひやひやしています。なにか法的な問題にならないか心配です。
「利用者さんからの暴力」を法的な視点で見ると?
三菱総合研究所の「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」によれば、職員の5割から9割が利用者からのハラスメントを受けたことがあるとのことでした。
そして、利用者から職員へのハラスメントの内容をみると、訪問・通所系では「精神的暴力」が最も多く、その他のサービスではいずれも「身体的暴力」が最も多かった、とのことでした。
このように、介護の現場では、職員さんが、利用者さんから暴力等を受けていることは少なくありません。
■基本的には「労災」になる
職員の方が利用者から暴力を受けた場合、基本的には「労災」になります。
そのため、賠償については勤務先の法人に対して責任を問うことになります。
その後の生活に支障が出るような後遺障害が残った場合も、その点が賠償の額として問題となります。
加害者である利用者に対しては、利用者が認知症で責任能力が無かったりすると利用者本人の賠償責任を問うことは難しいでしょう。
利用者の親族に責任が問えるかどうかという点も法的な問題としてありますが、施設に預けている場合は難しいかもしれません。
どこに相談する?
相談先としては、法的な相談は弁護士へ
暴力を受けたことにより発生する生活の相談は、行政や公的な相談窓口、そういった相談を受け付けている団体に相談しましょう。
■利用者さん同士のトラブルに発展すると、法的責任を負うことも
介護の現場では、暴力等に及ぶ利用者さんの問題行動の対応に頭を悩ませているかと思います。
しかしながら介護事業者は、職員や他の利用者の生命・身体の安全を守るべき安全配慮義務(安全で健康に働ける・利用できる環境を整える責任のこと)を負っています。
暴力等の問題行動が見られる利用者さんがいた場合、これにしっかりと対応しておかないと、万が一職員や他の利用者さんに危害が及んでしまった場合に、介護事業者としては法的責任を負ってしまう可能性があります。
実際に損害賠償請求が認められた事例も
特別養護老人ホームにおいて、ショートステイを利用した際、利用者が他の利用者の車椅子を押して転倒させた事案において、介護事業者に安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められた裁判例があります(東京高裁 平成18年8月29日判決)。
この裁判例では、介護職員に対し暴言を吐いたり暴力的な行為をしたりといった事故前の状況から、事故発生の予見可能性が認められるとして、その利用者の安全を確保する義務があったとして損害賠償請求を認めています。
このような利用者さんがいらっしゃったら、適切に対応しておかないといけないということになります。
「暴力」という表現の背景にあるものを探ってみましょう
お身体は大丈夫でしたか?
利用者さんからの暴力については、身体もですが、精神的にショックを受ける方も少なくないと思います。
もっと具体的なお話を伺いたいところですが、伺った質問内容の範囲から、推測が混ざった回答になってしまうことをお許しください。
■まずは認知症の症状について復習しましょう
まず、その方が認知症であるという前提でお話したいと思います。
ご存じかもしれませんが、大切なことなので復習だと思って読んでいただければ幸いです。
認知症には、「中核症状」と「行動・心理症状」があります。
「中核症状」とは、出来事を忘れてしまうといった記憶の障害、時間や場所がわからなくなる見当識の障害、思考力や判断力の低下、物事の手順がわからなくなる遂行機能障害、といった症状です。
これは、認知症と診断される人みなさんに、進行の程度によって現れます。
もう一つが「行動・心理症状」です。「BPSD」と言われます。
行動症状としては、ひとり歩きや帰宅行動、昼夜逆転、不潔行為、異食行為、などがあり、攻撃的な言動や介助への抵抗もこちらに該当します。
心理症状には、不安感や強迫症状、抑うつ状態、無気力状態などがあります。
このBPSDは、人によってさまざまで、症状が出ないという方もいます。
認知症介護に携わっている方は、このBPSDと向き合い続けている方がほとんどではないでしょうか。
■BPSDの理由は?
さて、ではBPSDは、なぜ起きると思いますか?
それには、身体的要因、心理的要因、環境的要因がかかわってきます。
身体的要因とは、たとえば水分不足や発熱などの体調不良、便秘、薬の副作用など。
心理的要因とは、たとえば不安、孤独、ストレスなど。
環境的要因とは、たとえば音がうるさい、馴染みのない場所、慣れていた介護者でないなど。
これらが影響し、症状が出てきます。
つまり、これらの要因に働きかけることができれば、治まることもあります。
ですから、一概に「質問者さんのケアが適切でなかった」だけが理由ではないかもしれません。
もしかしたら、便秘で調子が悪かったのかもしれない。
もしかしたら、寝不足でいらいらしていたのかもしれない。
もしかしたら、部屋の照明が明るすぎて嫌だったのかもしれない。
■暴力は言葉にできない気持ちの表れ、と理解する
「暴力」で表現された気持ちを受け止めるのはとても大変です。
これから書くことはきれいごと、と思われてしまうかもしれません。
ですが、これだけは忘れないでください。
利用者さんは、言葉にできない気持ちを、暴力という形で表現されています。
決して、質問者さんを、傷つけようとか、困らせようと思っているわけではないのです。
そのような行為の背景になにがあるのか、いろいろな可能性を「考えて生活を整える」ことが、介護の仕事です。
■振り返りはチームで!
質問者さんは、ご自身の力不足も要因であると考えておられるようなのですが、どこが不適切だったか?の振り返りは主任に相談された際にしましたか?
そのことについて、チームで相談する機会はありましたか?
要因を探ると、その方の訴えたかったことがいくつか出てくるかもしれません。
その場合は1人ではなく、ぜひチームで取り組んでみてください。
同じように悩んでいる職員の方もいるかもしれませんし、チームでその方に適切なケアを提供することが、BPSDの改善に必要なことなのではないかと思います。
■対応が難しい場合は「かわす」技術も必要です
また、もともと気が短くて、普段から怒りっぽい方だった可能性もあるかと思います。
私の経験上、どんなに要因を探って働きかけても、申し訳ないことにこちらの考えがご本人の思いに至らず、対応が難しい方はやはりいらっしゃいました。
その場合、暴力を「かわす」技も必要です。
いらいらしていそうなときは時間をあける、1人ではなく2人で介助する、相手の行動パターンを予測して拳をよける、などなど。
手をつかまれたときにすっとはずせる、護身術の技を覚えておくのもいいかもしれません。
(もちろん、相手に危害が及ばないもので、あくまでも自身が怪我を負うことを防ぐ目的です。転倒事故などには十分注意してください)
少しでもヒントになることがあればいいのですが…
今後も、一緒に考えていければと思います。
社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員