男性利用者さんの性的行動…タブー視される高齢者の性の問題にどう向き合う?
■本日のお悩み
グループホームで働いて2ヶ月目です。
男性利用者さんの性の問題にびっくりしてしまいます…
「性的行動=悪」という価値観のメガネを外してみよう
茨城県介護福祉士会副会長 特別養護老人ホームもくせい施設長 いばらき中央福祉専門学校学校長代行 NPO法人 ちいきの学校 理事 介護労働安定センター茨城支部 介護人材育成コンサルタント 介護福祉士 社会福祉士 介護支援専門員
ご質問ありがとうございます。
高齢者の性の問題はよくご質問をいただきます。たしかに難しい問題ですよね。
でもみなさん、「性的行動=悪」という価値観に囚われすぎてはいませんでしょうか?
■価値観は、時代とともに変化していく
同性の性行為が当たり前だった、戦国時代
価値観は時代とともに変化しています。
たとえば、戦国時代同性の性行為は当たり前でした。織田信長などが例に挙げられます。
ではなぜ、同性の性行為がダメになったかというと、明治に入り西欧のキリスト教文化が入ってきてからと言われています。
つまり、富国強兵を掲げる中で西欧に追いつけ追い越せを進めた日本にとって、当時最先端の西欧の文化を取り入れていくことは重要だったんですね。
着物からスーツに服装が変わったのも明治以後です。
知らないうちに、価値観のメガネをつけているのかも
また時代が現代になるとシリコンバレーでスティーブジョブズがTシャツにジーンズで颯爽とプレゼンをすれば、若手IT企業の社長たちはスみんなスーツを脱ぎました。
また、東京オリンピック2020で「多様性と調和」がテーマになったことで、よりLGBTQのみなさんと共生することが大切な世の中になりましよね。
という感じで価値観は時代によって変化しているのです。
「この価値観は絶対!」というメガネをしてしまうと、そのメガネを通してしか景色が見えなくなってしまうので、囚われた思考でしか物事を見られなくなってしまう危険性があります。
■「高齢者の性的行動=悪」という価値観のメガネを外してみよう
では高齢者の性的行動=悪というメガネを外して考えてみましょう。
メガネを外してみると、以前の記事でご紹介した『それは「症状」か「人格」なのか?』という客観的視点が現れます。そして、その方の生活歴やご家族の証言から認知症の症状ではないか?と仮説が立った時、前頭側頭型認知症を疑う選択肢が見えてきます。
症状だとすれば、社会的判断ができない状況に陥っていると考えられますので、その発端となる感情はどんな感情なのか?と考えることができます。
それは、シンプルに家族と会えない寂しさや、死別された寂しさがあるのかもしれません。
事例1:ほかの利用者のベッドに入ろうとしてしまった方
こんな事例がありました。
Aさん、校長先生まで勤め上げた方です。認知症の症状があり、自宅で奥様ひとりが介護するのが難しくなり週末だけショートステイご利用となりました。
礼儀正しく夕食をとられたAさんは居室に戻ると戻られたのですが、ふと様子を見にいくとアルツハイマー型認知症が重度に進行している女性の部屋に入り、ベッドに入ろうとしていたのです。
急いで止めましたが、本人は特に悪いことしたとの感じはありませんでした。
事例2:下ネタが好きで、他の利用者さんとトラブルに発展してしまいそうだった方
さらにこんな事例もあります。
Bさん、農家で地域の消防団にも参加し、気さくな性格からみんなに好かれる存在です。経過としては、3年前奥様を亡くし、そこから認知症の症状が出て入居となりました。そんなBさんにも懸念する点がありました。それは下ネタが好きです。年配の女性職員は軽くあしらっていましたが若い職員には嫌がられる存在でした。
ある時、同世代の女性ご利用者がいらっしゃり二人でお話しをしていたのですが、Bさんの下ネタに嫌がって喧嘩となる事態となりました。あわてて仲裁に入りましたが、下手すると暴行になるような事例でした。
■価値観のメガネを外すと、ケアが必要な存在に
さてこの事例、一見、AさんBさんが圧倒的に悪いのではないかと思ってしまいがちですが、認知症の症状とすればどうでしょう。
Aさん、Bさんもケアが必要な存在ではないでしょうか?
お二人とも奥様と離れたり、死別したりという点があります。この別れに寂しさや辛さがあることは受け止めなければなりません。
では、この利用者さんをどう支援する?
では、この寂しさや辛さをどう緩和できるか?
それは、承認欲求を満たす声かけや役割づくり、好きな趣味活動を支援するなどが考えられます。
また、Aさん、Bさんのような行動が見られた時、頭ごなしでダメだとするのは逆効果です。対象者に細心の注意を払いや嫌な思いをされた心のケアもしながら、距離をとる対応が重要です。
■介護の専門職として、客観的な視点を持ちましょう
ということで
「性的行動=悪というメガネを外してみる」とは、主観的な価値観(感情)を外し、専門職としての客観的(論理的)な視点で見るということになります。
つまり「なぜこんな行動をとるんだろうか?」
と考えられることが高齢者の性的行動の対処や未然に防ぐこととして専門職に求められるのです。
高齢者施設での、利用者同士の恋愛や自慰行為にどう対応する?
茨城県介護福祉士会副会長 特別養護老人ホームもくせい施設長 いばらき中央福祉専門学校学校長代行 NPO法人 ちいきの学校 理事 介護労働安定センター茨城支部 介護人材育成コンサルタント 介護福祉士 社会福祉士 介護支援専門員
高齢者の性について、前述の内容に対しての反響があり、他のメディアの方からも取材を受けました。
性は、マズローの5段階欲求説の第一階層「生理的欲求」に位置づけられます。
介護が必要な状況においても、第四階層「承認欲求」を実現する支援、そしてその上位の「自己実現」を叶える支援など魅力的なお話もある一方、人間が生活する上で必要な生理的欲求としての性の問題もあるであろうことは皆さんも何となく察がついているようです。
しかしながら、なかなか情報が世に出ていかないのはデリケートな話題であるからでしょう。
今回は2つのテーマでお話ししていきます。
まず1つ目が、利用者さん同士の施設での恋愛にどう対応するのか?
2つ目が、対象のいない性的行動(自慰行為)などにどう対応するか?です。
ひとつずつお答えしていきたいと思います。
■利用者さん同士の、高齢者施設での恋愛にどう対応すべき?
「個人の自由は尊重する」ことが大前提
まず前提として、私たちは日本国民である以上、日本国憲法第13条の「基本的人権の尊重」を守る必要があります。そのため、「個人の自由」は尊重されるのです。それは認知症になったとしても変わりません。
ではどう対応すれば良いのか?
恋愛は、お互いがあってのことになりますので、その二人には本当に気持ちがあるのか?を確認する必要があると思います。
例えば、同じ施設内でのことであれば共同生活を送るにあたり、やむを得ず相手に合わさざるを得ないようなことも考えられます。また、そのご家族が親の恋愛についてどのように思われているかというところも大きな課題となるでしょう。
家族関係への影響を考慮し、対応は組織で考える
もし、この恋愛によって家族関係が崩れてしまうようなことがあれば、ご利用の継続に大きな影響が出るかもしれません。そういったことを考えた場合、もちろん「個人の自由」は尊重されますが、状況の観察・把握に関しては事業所としてしっかり行い、対応方法を組織で考える必要性があるでしょう。
そして必要に応じて、ご家族との情報共有も重要だと考えられます。その上で事業所職員による状況分析及びご家族の意向を踏まえ、具体的には「そっと見守る」のか、「施設での共同生活」においてのご協力をいただくか、はたまた「ご家族に介入していただくか」を考える必要性があると思います。
■高齢者施設での、対象のいない性的行動(自慰行為)にどう対応する?
その行動の意図は何か?を考慮して対応を考える
こちらも先程のマズローの5段階欲求からすれば、その行為自体が法に触れているわけでもなく、悪いことではありません。
しかしながら、その意図が何なのか?というところを考える必要があります。
先ほどと同じように「絶対悪」として見るのではなく、様々な角度から組織で情報把握・分析をして、今後の対応を考える必要性があると思います。
専門家・伊藤さんの、実際の体験から
私の経験ですが、70代手前の方(若年性認知症重度/男性)の、ある利用者さんがいらっしゃいました。
その方は当時、男性の4人部屋で生活しており、認知症の進行から、ほぼ意思の疎通ができない方でした。ただ70歳手前と言うこともあり若かったこともあるでしょうか?自慰行為をされているところを女性の職員が発見したということがありました。
その際、その女性職員はびっくりしたと言っていましたが、対応のポイントとなったのは「女性職員に対しての性的嫌がらせを意図とした行為だったかどうか?」というところでした。
その方は男性部屋にいたので、他の女性入居者の方に対して迷惑をかけるという事はありません。また大きな声を出したりということもなかったので、他の利用者の方への迷惑行為でもありませんでした。そして、認知症により、意思の疎通も難しかったということも踏まえると、女性への性的嫌がらせを意図的に行ったということは考えられません。
つまり、「そっとしておく」ことが対応方法で良いのではないかという結論に達した事例でした。
■その行為自体より、原因や環境を総合的に判断して対応しよう
「高齢者は静かに過ごすべき」は水戸黄門の影響かも?
「恋愛を高齢者はしてはいけないんではないか?」
「高齢者は、自慰行為はしてはいけないんじゃないか?」
これは完全に高齢者に対する偏見ではないでしょうか?
高齢であっても同じ人です。高齢者は質素でおとなしく静かに過ごすべきという勝手なバイアスがないでしょうか。
ふと考えると、こういった高齢者像は、もしかしたら水戸黄門の黄門様の影響が大きいのかもしれません。厳格でしっかりされた高齢者像、そこと比較して当てはまらないものは問題と捉える風潮にいつのまにかなってしまったのかもしれませんね。
つまり、その行為(恋愛や自慰行為)自体がいいか悪いかと言う判断ではなく、その要因となるもの、または環境、そういったものを総合的に判断して、本人の自由を尊重しつつ対応すべき、ということが今回のお話しの答えだと思います。
ご利用者は多様であたりまえという考え方にシフトチェンジ!
様々な生活様式を送られてきた方たち…つまり団塊の世代の皆さんが高齢となる時期が差し迫っています。
団塊の世代の皆さんは、バブル期を経験したり、海外旅行を楽しまれたり、自分の趣味があったり、人生経験豊富な方たちです。「ご利用者は多様であたりまえ」という考えかたに、私たちも変化していかなければなりません。
なぜなら、対象者があって、我々介護の仕事あるからです。
参考になれば幸いです。
高齢者の性の問題、介護者側の捉えなおしも必要かもしれません
ご質問(ではなくてご感想かもしれませんが)お寄せいただき、ありがとうございます。
「高齢者のグループホームに入職されて、そこでの男性利用者さんからの性的なアクションなどを目にされて驚かれた」
・・・と状況を読み替えさせていただき、私なりの意見をここに書かせてもらいますね。
(ご質問者さんの意図と異なっていたらごめんなさい、その場合にはまた教えてくださいませ)
■タブー視される高齢者の性の問題
さて、高齢者の性の課題はどちらかというと社会的にタブー視され、見て見ぬフリ・考えたくないモノとして扱われることが、まだ多いですね。
「あってはならないもの」
「年をとってまだ性欲があるなんて恥ずかしい」
己に抱く感情や、相手に感じる感情もまた、それぞれであり、その人個人の体験から来る価値観が色濃く出てくる分野なのだと感じます。
ご質問者さんも、「びっくりしてしまいます・・・」という表現から想像するに、そんな状態になってもまだ性的な欲があるなんてけしからん!と思われたのかもしれませんね。
実際、ヘルパーさんがご自宅に伺った時におしりを触られるなどセクハラを受けたということがあったり、それがきっかけとなって心的外傷(トラウマ)となってしまい離職につながるなどセンシティブな問題のため、簡単に【高齢者の性を受容せよ】とは言えません。
■介護現場では、高齢者を「性欲のない存在」としたほうが支援しやすい
介護現場では、相手は「性欲のない存在」としたほうが支援しやすいのが事実でしょう。
介護する側とされる側の認識のズレがあることが、根本的な問題につながっていることに、どれだけの方が気付いてアクションしているでしょうか。
ジェンダー問題やセクシャリティについて、近年は少しずつタブー感が和らいでいるのでは?と思えるのですが、一般的にはどうでしょうか?
結果、高齢者の性欲を抑えつけるだけでは根本的な解決にはならないと感じています。
■高齢になっても、性欲は消えない
では、実際の高齢者の方の気持ちは、どうなのでしょうか?
2つの調査から考えてみたいと思います。
日本性科学会が4年前に発表した「中高年セクシュアリティ調査」では、「この1年間に性交渉をしたいと思ったことはどれぐらいあるか」という質問に対し、配偶者のいる男性では、60代の78%、70代の81%が、「よくあった」、または「ときどきあった」、「たまにあった」と答えている。
同じく配偶者のいる女性も、60代で42%、70代で33%が、「あった」と答えている。
さらに60代から70代の単身者でも、男性の78%、女性の32%が、「あった」と答えている。
高齢になっても、性欲は消えないということがこの調査からも分かるかと思います。
■高齢者にとっての「性」を捉えなおす
また、内閣府の「平成8年度高齢者の健康に関する意識調査」によると、全国の60歳以上の男女約3,000人のうち、半数近くが高齢者の恋愛や結婚について「良いことだと思う」と回答しています。
高齢者が望む性的関係としては、男性は「性行為」への関心が高い一方、女性は「スキンシップ」や「精神的な愛情やつながり」など、より広範な身体的・心理的活動を含む傾向にあります。
すなわち、高齢者にとっての性は、性欲を満たすための行為にとどまらず、人生の性の経験に関わるすべての活動(セクシュアリティ/sexuality)が含まれてくる、そう思うと少しは嫌悪感やネガティブなイメージは変化しないでしょうか?
■排泄ケアにも関わる介護職として、考えていきたい問題
性やセクシュアリティについては、それぞれの捉え方の変容を促すことは容易ではないかと思います。
ですが、高齢者にとって性の尊重は、QOLの維持、生きがいに影響するものであることを、少しでも良いので心に留めておきたいと思うのです。
私たちだって、人間らしく生きていくために、誰しもが少なからず性的な課題を持つものです。
開けっ広げに誰とでも話す話題ではないかもしれませんが、他人事にして思考をやめてしまうのではもったいない。
私たち自身も、己の性を見つめて生きていければ、もっと豊かな優しい世界になるのではないかな、と感じています。
また、デリケートゾーンと関わる排泄ケアを考えていく上でも、探求していきたい領域です。
みなさんは、どう考えていますか?
ぜひ、またご意見をいただけたらと思います。
■入居者さん同士がベッドで抱き合っていた…それ、もしかしたらピック病かも。
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